【税務】税法における「居住者」・「住所」の問題

はじめに

 日本の税法、とくに相続税法や所得税法では、「住所」の有無によって納税義務の存在そのものや、その範囲が変わってきます。この住所が日本にあるか、海外にあるかという問題は、その定義もさることながら、さまざまな事実関係からどこが住所なのか、特定していく作業が必要になります。
 当然のことながら、日本の課税当局としては、日本に住所があるとして課税しようとします。このため、海外との関係が深い納税者との間で、しばしば大きな議論――紛争になることがあります。

 

代表的な事例

 代表的な紛争の例は、納税者側が勝訴した武富士事件(最高裁平成23年2月18日判決)です。

 この事件において、最高裁は、 「住所」とは、判例上、「生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきもの」と解されると述べたうえで、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かを判断するには、①その者の所在や滞在日数、②職業を中心に、③居宅、④親族の居所、⑤資産の所在、⑥各種届出等の状況といった要素が総合考慮されるべきである、と考慮要素を例示しました。

 これらのうち、どこに、どのくらいの長さ滞在していたか(①)と、どのような職業にどのように従事していたか(②)が大きなポイントとなるといえます。

 ちなみに、住所は単一であるとされており、住所は2か所以上ないことが前提とされています(武富士事件判決の補足意見や相続税法基本通達1の3・1の4共―5参照)。

 

所在・滞在日数

 「住所」といえるためには長期間の居住が不可欠といえます。

 これは、生活の本拠があると認められるためには、ある程度長期的な生活基盤の形成が前提となるため、時間、期間又は恒久性といった時間的長さにかかる要素は不可欠かつ重要な判断要素となるためです。

 逆に、一時的、臨時的な滞在は除かれることになります。例えば、相続税法における国外勤務者の住所の判定においては、国外における勤務がおおむね1年以内の短期間の滞在が見込まれる者は、一時的に日本を離れているものとして、日本に住所があると取り扱われています(相続税法基本通達1の3・1の4共-6(2))。所得税法においても、「国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人」を「居住者」というとしていますし(所得税法2条3号)、例えば国内において、継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を有する場合には国内に住所を有すると推定されています(所得税法施行令14条1項1号)。

 ですので、問題となる事例の多くは、1年内に国内滞在日数と海外滞在日数とが拮抗している場合です。

 武富士事件でも、最高裁は、贈与の前後3年半の間の国外赴任期間における国内居宅と国外居宅の滞在日数を検討したうえで、その期間が香港65.8%、日本26.2%であったことを重視して、国内に住所がなかったと認めています。

 

職業

 税というのは納税者や被相続人が稼得した所得や資産に対してかかるものですから、納税者・被相続人の稼得の根拠となった社会的生活の本拠がどこにあったかという点も重視するのは当然です。

 武富士事件では、納税者は香港法人でも日本法人でも役員を務めていましたので、どちらが主軸であったかという話になりました。例えば、最近の事例である、東京地裁令和3年11月25日判決でも、海外と日本とどちらが主軸で仕事をしていたかが検討された結果、役員報酬の多さから職業活動の中心は台湾やシンガポールといった海外にあったと判断されながらも、海外は各法人業務のための便宜的な滞在場所であるとか、滞在日数的には日本が多いので、海外業務は日本でもできた業務であったなどと判断されています。

 他方、例えば、職業的にシンガポールが便宜だったと認められるので、職業活動の本拠はシンガポールとしたものなどもあります(東京高裁令和1年11月27日判決・東京地裁令和1年5月30日判決。東京高裁平成20年2月28日判決も参照)。

 

その他の要素

 海外の就労ビザの有無は、当然考慮に入れられるものの、就労ビザがあっても日本に住所と認められたケースもあるので(例えば、東京高裁平成17年9月21日判決)、他の要素との兼ね合いで考慮されるに過ぎないといえそうです。

 また、海外に転出届を出しているか、住民票をそのままにしているかどうかについても、当然考慮に入れられるものの、個人保証との兼ね合いや印鑑証明書の準備の便宜などで国内に住民票を置いたままにしていたとして、この点をさほど重要視しなかった事例(東京高裁令和1年11月27日判決)、海外滞在日数などほかの要素が大きくて、日本のマンションに住民票があったことを重要視しなかった事例(国税不服審判所平成29年8月31日裁決)など、あまり重要視しない事例も少なくありません。

 

まとめ

 このように、「住所」が国内にあったか否かを判断するに際しては、武富士事件をベースにしつつ、令和期に入っても複数事例が存在しており、引き続き議論・紛争が続いています。
 納税者や被相続人にとって、生活の本拠、つまり生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心といえる場所がどこになるのかについては、これらの事例と比較したうえで、丁寧に事実と証拠を洗い出し、積み上げることで、課税当局に対して積極的に納税者側の意見を打ち出していく必要があります。
 そして、このような事実と証拠の積み上げがうまくいった事例においては、納税者側が勝訴している例も少なくありません。

 当事務所の弁護士は複数回このような問題に対応したことがあります。もし、このような「住所」や「居住者」性が問題となる事例に直面した場合には、税務調査の段階から、税理士のみならず判例分析や事実認定のあり方に慣れた弁護士に相談するほうがよいでしょう。